Poor but rational or ...2

前回のエントリで
効果が実証されている肥料を買わない西ケニアの農民の行動は、
「合理的」な個人の想定からは説明できない、
という話をしたが、
この「合理的」という言葉の意味には、
少し注意が必要である。


ここでいう「合理的」というのは、
「将来にわたる期待利得が最大になるような行動を取る」
という意味であり、
Self-controlの議論は、
「現在の消費に対してTemptationが働いて、
将来にわたる期待利得が最大になるような行動を取れない」
という話である。


Self-controlの議論は、
・自分がSelf-controlの問題に直面していることを分かっており、
その程度も正確に把握しているSophisticatedな個人を想定する場合
・自分がSelf-controlの問題に直面していることを分かっている点ではSophisticatedと同じだが、
その程度を過小評価しているややNaiveな個人を想定する場合
・自分がSelf-controlの問題に直面していることをまったく分かっていない完全にNaiveな個人を想定する場合
の三つのケースがあるのだが、
Sophisticatedの場合には、
自分の効用関数を正確に理解して、
将来におけるTemptationを減らすために、
現在において何かしらのコミットメント手段を講じたりするなど、
その効用関数のもとで最適な行動を取るという意味では、
「Self-controlの問題がある合理的な個人」
と表現してもよさそうな気がする。


貧困層のSelf-controlの存在を示した研究は、西ケニアの農民の事例だけではない。
Ashraf, Karlan and Wesley (2006, QJE)の、
利子率も何も変わらないが一定期間引き出せないようにしたコミットメント貯蓄をオファーした方が、
コミットメントがない貯蓄よりも多くの人が(特にself-control problemのある人が)参加した、
と言う結果も、Self-controlを入れたモデルと整合的で、
「Traditionalなrational agentのモデル」からは出てこない。
「Self-controlの問題がある合理的な個人」の想定は、
だいぶpublicityが得られてきたのではないかと思う。


Self-controlの問題を組み入れた代表的な論文:

Gul and Pesendorfer (2001) "Temptation and Self-Control" Econometrica 69(6), 1403-1435.
Gul and Pesendorfer (2001) "Self-Control and the Theory of Consumption" Econometrica 72(1), 119-158.
Fudenberg and Levine (2006) "A Dual-Self Model of Impulse Control" AER 96(5), 1449-1476.
Laibson (1997) "Golden Eggs and Hyperbolic Discounting," QJE 112(2), 443-77.

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