Thornton (2008, AER)

Reading Groupで、

Rebecca L. Thornton (2008) "The Demand for, and Impact of, Learning HIV Status," AER 98(5)

を報告。


HIVの蔓延を防ぐ手段として、HIV検査の重要性が叫ばれるようになり、
多くの国際機関や政府もHIV検査とカウンセリングへの予算を増やしている。
南アフリカでは、政府のカウンセリングとHIV検査への支出は、2000年の240万ドルから、2004年には1730万ドルへと大幅に上昇したし、
いくつかの政府は、看護師に各家計を訪問させてUniversal testing programを実行する考えを持っている。


HIV検査が強調される背景には、次の二つのアイディアがある。
(1)自分がHIVであるかどうか知ることで人々の行動が変わる。HIVじゃないと分かった人は、HIVに感染しないようにコンドームを使ったり不特定多数の相手と性交渉をしないようにするし、HIVだとわかった人は、ほかの人にHIVをうつさないようにコンドームを使ったり性交渉を控えたりする。
(2)心理的なバリアや社会的なバリアのせいで、人々はなかなか自分がHIVかどうかを知ろうとしないので、大規模なキャンペーンなどが必要である。


で、この論文では、
マラウイでフィールド実験をして、
自分がHIVかどうかを知るコストが金銭的に換算するとどれくらいかを調べ、
かつ、
自分がHIVかどうかを知ることで人々の行動がどのようにどの程度変化するのかを検証しようとしている。


実験の設定としては、
まず、看護師に家庭訪問させて無料でHIV検査を行い、
検査の結果は、後日近くのセンターに行けば知ることができるのだが、
センターに行って結果を受け取った場合にお金をもらえるVoucherがあって、
その金額が、検査を受けた人にくじを引いてもらってランダムに決まるというもの。
もらえる金額は、0ドルから3ドルまでの範囲でばらついている。
ついでに、センターの場所もランダムに決められていて、センターの近くに住んでいる人は街の中心部や医療施設の近くに住んでいる確率が高い、ということが起こらないようにしている。


で、センターに行ってHIV検査の結果を知る確率に関しては、以下のようなことが明らかになった。
・金銭的インセンティブは非常に有効。センターに行ってHIV検査の結果を知った割合は、金銭的インセンティブのない人が3割強なのに対し、金銭的インセンティブのある人は、8割近くにも達する。
・金銭的インセンティブの額が多い人ほどセンターに行ってHIV検査の結果を知る確率は高くなるが、金銭的インセンティブの額がごくわずか(0.1-0.2ドル)の人でも、約75%の人がセンターに行ってHIV検査の結果を受け取っており、少しの金銭的インセンティブに対しても人々は大きく反応している。
・距離が遠いほど、センターに行ってHIV検査の結果を知る確率は低くなる。
心理的バリアや社会的バリアは、あるとしても、小額の金銭的インセンティブで克服可能なので、一般的に考えられているほど、高くはないかもしれない。ただし、センターに行くと、周りの人から、「あいつはHIVかもしれないと自分で思っているんだな」と思われてしまうが、センターに行けばお金がもらえるというようになると、お金がもらえるからセンターに行くといういいわけができて、「あいつはHIVかもしれないと自分で思っているんだな」とは思われなくなる、という効果があるかもしれない。
HIV検査を受けないのは、検査を受けてHIVだと分かってもどうせ治らないから検査を受けない、ということもありうるが、「HIV治療薬が5年以内にほとんどの人に利用可能になると思うか」という質問にYESと答えた人とNOと答えた人の間で、センターに行ってHIV検査の結果を知る確率は変わらない。
・一方で、自分がHIVにかかっている可能性を聞いて、No likelihood、Some likelihood、High Likelihoodと答えた人の間では、センターに行ってHIV検査の結果を知る確率は変わっておらず、HIVにかかっていると思うから検査結果を知りたい、あるいは知りたくない、というのは、観察されない。一方、HIV陽性の人は、センターに行ってHIV検査の結果を知る確率が、5.5-5.8%程度低くなっているが、これはおそらくHIV陽性の人は健康でない可能性がより高く、センターまで行くのが大変だから。
・性交渉の経験がない人はHIV検査の結果を知ろうとするインセンティブは、金銭的インセンティブ以外にはあまりないはずであるが、未婚者の間では、性交渉の経験の有無は、センターに行ってHIV検査の結果を知る確率に有意な影響を与えていない。一方、性交渉の経験のない人は、有意ではないが、金銭的インセンティブにより反応していることが観察された。一方、2004年時点で結婚していた人は、センターに行ってHIV検査の結果を知る確率が、5.1%高い。
・女性への外出規制があるイスラム地域では、金銭的インセンティブがないと男性のほうがセンターに行ってHIV検査の結果を知る確率が高いが、金銭的インセンティブがあると、センターに行ってHIV検査の結果を知る確率は男女間で変わらなくなる。金銭的インセンティブがあることで、センターまで行く言い訳ができたのかもしれない。


一方、自分がHIVかどうかを知ったことで人々の行動にどのような変化があったかも検証している。
具体的には、Follow-up surveyをやって、サーベイの際に市価の半額程度でコンドームを売って、HIVかどうかを知った人とそうでない人の間で、その購買数などに違いがあるかや、性交渉の有無を聞いてHIVかどうかを知った人とそうでない人の間で違いがあるかどうかなどを調べている。
その前に、Remarkとして、HIVかどうかを知るのは個人の意思決定によっていて、もともとHIVの予防行動にも関心のある人がHIV検査の結果を知りに行った可能性もあり、「HIV検査の結果を知りに行った」という変数は内生変数となってしまうので、金銭的インセンティブの有無やその金額、ランダムに設定したセンターまでの距離などを操作変数として用いて、LATE(Local Average Treatment Effect)を求めている。
サンプルは、ベースライン調査の2004年に性交渉を行っていた人に限定。
で、結果は、
HIV陽性の人は、センターに行ってHIV検査の結果を知ったことで、Follow-up surveyの際に売った市価の半額程度のコンドームの購買数が1.69個増えたが、それ以外でのコンドームの購買の有無や、HIV検査の後の性交渉の有無に関しては、有意な影響は見られなかった。
HIV陰性の人に関しては、センターに行ってHIV検査の結果を知っても、行動にはなんら有意な変化が見られなかった。
HIV検査の結果(陽性であれ陰性であれ)を知っても、友人や配偶者とコンドームやエイズについてディスカッションすることが増えたり、コンドームに対する見解などに変化があったりすることはなかった。
・家計訪問してHIV検査をするのに一人当たり44ドルかかる一方で、検査をして結果を知ってもらうことの効果は、せいぜいHIV陽性だった人が市価の半額で提供したコンドームを2個程度余分に買うようになるだけなので、HIV予防において、HIV検査はCost effectiveではなく、他の研究で検証された、HIV以外の他の性感染症の治療や、輸血の安全性の向上、母子感染の予防、割礼の実施などの方がよっぽどCost effectiveである。



この研究からは、
HIV予防において、HIV検査はあまり有効ではないこと、
HIV検査に関する心理的バリアはあるかもしれないが、わずかの金銭的インセンティブを与えることで簡単に克服可能であり、心理的バリアや社会的バリアを打破するための大規模な広告キャンペーンは必ずしも必要ではないことが示唆されている。
うーむ。。。


ところで、
マラウイHIV検査で日本といえば、この人。
http://blogs.yahoo.co.jp/kohei_ndimakukonda


何年か前にNews 23か何かで、
マラウイHIV検査啓発を目的にラブソングを作詞して現地語で歌っているこの人のCDがバカ売れして、
HIV検査率の向上に大いに寄与している、
というのを見て、
小さい頃の自分の夢の一つがまさにこういうことだったんだよなー、
と感銘を受けたのだけど、
うーむ、HIV検査は、予防の点では、あまり効果がなさそう、というわけか。。。