Development seminar:先週と今週

先週のDevelopment Seminarは、
Harvardの大学院生が
"No Taxation Without Information: Deterrence and Self-Enforcement of the Value Added Tax"
というタイトルの論文を報告。

経済活動においては、
消費者に直接最終財を販売する企業と、
企業に対して中間財などを販売する企業とが存在している。

こんな感じに。


<企業A>
支払い↑ ↓製品納入
<企業B>
支払い↑ ↓製品納入
<企業C>
支払い↑ ↓製品納入
<消費者>(最終財)


Value Added Tax (VAT)の場合、
企業Bは、費用を申告して税金から控除してもらうために企業Aに対して領収書を請求するインセンティブがあり、
税務当局は企業Bが企業Aに対して支払った領収書を調べれば
企業Aの収入が分かるので、企業Aは税金逃れのために収入を過少申告することが難しい。
企業Cも、費用控除のため企業Bから領収書を請求するインセンティブがあり、
税務当局は企業Cが企業Bに対して支払った領収書を調べれば
企業Bの収入が分かるので、企業Bも収入の過少申告はしにくい。
つまり、VATの場合は、
納入先の企業が領収書を請求するインセンティブを持たせることで、
納入元の企業が税金をきちんと申告するようになるという、
"Self-enforcing mechanism"が組み込まれている。


ただ、問題は、
最終財を消費者に対して売っている企業Cの場合には、
顧客である消費者が領収書を請求することは少なく、
税務当局も把握が難しいので、
最終財販売企業は収入を過少申告する余地が大きくなってくる。
収入を過少申告するのに、仕入れ費用を正確に申告すると、
費用だけが不自然に大きくなって税務当局に見つかるかもしれないと考えるので、
企業Bに対して領収書を請求するインセンティブが弱くなる。
そうすると、企業Bも脱税する余地が出てくると同時に、
企業Aから領収書を毎回請求するインセンティブも弱くなり、
"Self-enforcing mechanism"のチェーンが緩んでしまう。


と、こういった理論的背景を基に、
チリで、一部の企業に対して監査を受ける確率を上げるフィールド実験を行い、
上記の理論を検証したのがこの報告論文。


結果は、予想通り、
監査確率の上昇は税金納入額を増やし、
かつ、その納入額の上昇は、最終財販売企業において顕著にみられ、
上流企業ではほとんど変化がなかった。
また、従業員数の大きい企業では変化がないが、
従業員の少ない企業では顕著に納入額が上昇しており、
従業員が多いと脱税があった場合に従業員が告発したり(あるいは賃金交渉に使ったり?)するので、
従業員が多いこと自体も脱税インセンティブを弱めている、
という結果が出た。
また、実際に怪しい企業を監査すると、
その取引企業の納税額も有意に上昇し、
上記の理論からの予測と一致している。


VATの"self-enforcing mechanism"については先行研究がいくつかあるようだが、
なじみがなかったのでとても新鮮に感じた。
税というこれまでほとんどフィールド実験がされてこなかった分野での実験で、
分析もしっかりしているので、
結構良いジャーナルに載りそうだ。
実務的にも、最終財販売企業の脱税が多いことを明らかにしたり、
そこを監査することで最終財販売企業とその取引企業の納税額を上げることができることを示した点で、
とても役に立つ研究だと思う。



そして、今週のDevelopment Seminarは、
StanfordSeema Jayachandranが
"The Price Effects of Cash Versus In-Kind Transfers"
を発表。

シンプルなモデルでは、
受け取り手が効用を最大化できるように支出パターンを決められるCash transferの方が
In-kind transferよりも望ましくなるが、
貧困層と非貧困層で選好が違う場合には、
In-kind transferによってSelf targetingが達成できて
Cash transferよりもIn-kind transferの方が望ましくなりうる、
というのは、Nichols and Zeckhauser (1982)以来指摘されてきたことで、
実際に多くの途上国でIn-kind transferが使われている。


この論文は、In-kind transferとCash transferの違いとして、
In-kind transferの場合は財の供給が増えることに注目して、
実際にIn-kind transferにより、どれだけ価格が下がるかを検証したフィールド実験の論文。
実際に配ったのは加工食品で、生産者側は非貧困層だと考えられるので、
In-kind transferで価格が下がることで、人々は、
In-kind transferで受け取った財+市場価格低下
の両方の恩恵を受けることができる。
In-kind transferは人々の実質的な所得を上げて、所得効果により需要を増やす効果もあるので、
所得効果はIn-kind transferとCash transferで同じだと仮定して
同額のCash transferの村と比較することで対処。


結果をみると、
数字は忘れたけれど、In-kind transferにより市場価格が下がっていることが確認でき、
特に遠隔地域の村で下落幅が大きかった。
遠隔地域で下落幅が大きかった理由としては、
・市場の競争が限られていてもともとマークアップが高かったので価格下落幅が大きかった
・遠隔地でないところでは、供給が増えて価格が下落したら他の村に売ることも可能だが、遠隔地の場合は他の村に売ることが困難なので、In-kind transferの分がそのまま村内の供給量の増大分になった
などが考えられる。


Easterlyなんかは、食糧援助や中古服の援助で
地元の財が売れなくなって地元企業の活動・発展を阻害している、
ということをよく言っているけど、
この論文は、影響を受ける財の生産者が貧困層じゃないように財のタイプをよく選べば、
In-kind transferにより、同額のCash transfer以上の便益を貧困層にもたらすことが可能、
ということを示した点が新しい。


実際の企業の戦略がどうなっているのかとか、いろいろコメントがあったが、
シンプルなフレームワークで、これまであまり指摘されていなかったことに焦点を当てた、
よい論文だと思う。


ちょっと最近は授業で忙しくなってしまっているけど、
自分もなんとかもっと論文を書いていかないと!!!