生産性と雇用

ハーバードケネディスタンフォード MPA/MBA留学記
http://shanindonesia.blog94.fc2.com/
は、開発の世界を志している人には読んで非常に励みになるような秀逸な文章が多く、
多くの人に薦めたいお気に入りのブログの一つなのだが、
「世界中で働き口が減る時代」のエントリが気になったので、コメントをつけてみた。
http://shanindonesia.blog94.fc2.com/?no=130


世界中で正規雇用が減る。いや非正規を含めても働き口が減る。これはたぶん構造的に避けられないことだ。
なぜなら、経済活動そのものが、「生産性を上げること」を目指しているから。

私たちは雇われて、生産性を更に高める機械を作る。
工場に出入りしてより効率的に生産するやり方を考える。
より少ない人数でより多くのものを作れるやり方を考え、より多くの「付加価値」を生み出そうとする。

新しいビジネスを生み出そうとするときだってそうだ。
新規ビジネスは、ほぼすべからく、既存産業を壊して、その産業からシェアを奪うことによって成長する。
別に産業革命の頃もそうだったし、ネットビジネスだってその性質は何ら変わらない。
もちろん自分のビジネスを通じて新規雇用を生み出したいと思うし、生み出すけれども、その新しい産業の「生産性」が高い以上、やっぱりより少ない雇用でいままで以上の価値を生み出している、ということになる。

矛盾だ。大いに矛盾だ。
もんもんとした悩みを上記のinformal economyの先生にぶつけたら、「世界が生産性を上げ続けないといけない、利益は最大化しないといけない」というパラダイムを転換しないと世界がもたない。」と、多少震えた声で答えが返ってきた。


産業革命時の取り壊し騒動に始まり、
労働節約技術の進歩で一定の生産量を生産するための労働が少なくて済むようになるから
生産性向上は労働者の雇用を奪う、
みたいな議論はこれまでもあったと思うのだが、
この議論の背景には、
・生産性向上、およびそれに伴う生産費用低下は労働需要を増やさない
という暗黙の仮定があるように思う。


実際には、
新製品を開発して新たな需要を作り出したり、
製造コストを大幅に下げてより安い価格の製品を供給したりして、
製品需要が大きく増えて、労働需要が増えるという効果もあるはずで、
たとえば携帯電話やパソコンが、
生産性の向上が起こらずに20年前の価格と同じままだったら、
携帯電話もパソコンも普及せず、
それにかかわる莫大な雇用も創出されていなかったはずだ。


マクロな効果についての研究は詳しくないので知らないが、
企業レベルの実証研究では(こちらもそれほど詳しいわけではないが)、
生産性が上がった企業は労働需要を増やす、
というのがOlley-Pakes(1996)以来のよく見られる結果だと思う。
(生産性が高い企業ほど労働需要が高いので、
この内生性の問題に対処した推計を行うと、
OLSに比べて労働の係数が低くなる傾向がある)


一般に経済学で議論される生産性は、
技術進歩など所与の生産投入に対しより多くの価値を作り出せるようになることなわけだが、
よく議論されるリストラなどは、
そもそもが売れない製品を作っていることが問題であって、
リストラによる雇用削減は生産性ではなく、
あくまでその製品需要の下で余剰になった労働の削減であるので、
技術進歩の意味での生産性とは違うもののはず。
問題は、生産性向上を目指していることではなく、
生産性が低くて雇用を確保するだけの売れる製品を作れていないことではないかと思う。


だから、政府や政策決定者には、
生産性を上げたら雇用が減ってしまうんじゃないかなどと気にせずに、
生産性を上げないから売れる製品が作れなくて雇用を維持できなくなるんだと考えて、
生産性を上げるための環境整備などをいろいろ考えていただきたいと思う。