Dubois, Jullien and Magnac (2008 Econometrica)

火曜日恒例のReading Groupで、
Pierre Dubois, Bruno Jullien, Thierry Magnac (2008)
"Formal and Informal Risk Sharing in LDCs: Theory and Empirical Evidence" Econometrica 76(4), p 679-725.
を報告。

Townsend (1994 Econometrica)以来、
農村のperfect risk sharingモデルの検証が行われてきたが、
perfect risk sharingが可能となるのは、Enforce可能な契約が書ける場合だけなので、
そもそもperfect risk sharingを検証する仮説とすること自体、かなり無理がある。
一方で、Ligon, Thomas and Worrall (2002 RES)は、
農村ではEnforceできるContractは書けないので、
Repeated gameとして、運よく高い所得を得た人は困った人を助けないと、将来自分が困ったときに助けてもらえない、
という将来のInsuranceからの除外(村八分みたいに)を脅しとして
現在のMutual insuranceを引き出すしかないという、limited commitmentのモデルを提示して、
それがperfect risk sharingが実際に起きていない原因じゃないかと論じた。


それで、このDubois, Jullien, and Magnacの論文は、
コストはかかるがEnforce可能なFormal contract(所得をTransfer)と
Repeated gameで将来のInsuranceからの除外を脅しとしてmutual insuranceを引き出すInformal contractとを
両方モデルの中に入れてみました、それでパキスタンのデータを使ってモデルを推定してみました、という論文。


モデルの要点は以下のとおり。
・Two agentモデルで、agent 1はコミットメントできないが、agent 2(村全体を想定)はコミットメントができる。貯蓄や投資はできない。
・Informal contractのみだと、agent 1は、運よくものすごく高い所得を得た場合には、村全体の平均所得(ここではagent 1とagent 2の所得の平均)以上の額をagent 2に与えるようなfull insuranceは、現在失う所得が将来もmutual insuranceを続けることのメリットより大きくなってしまうので、所得がかなり高い場合にはfull insuranceが達成できないが、そこにformal contractが加わると、コミットメント可能なagent 2は、今助けてくれたら次の期に所得をTransferするformal contractを結ぶから、という約束をすることが可能になるので、informal insuranceの場合と比べて、full insuranceがサポートできる所得の範囲が大きくなる
・formal contractの存在によって、今期かなり高い所得を得た場合には、来期にtransferを受けるようになり、一方、貯蓄なしの仮定から今期の消費もそれなりに高くなっているので、t期の所得とt-1期の消費水準が相関を持つようになる。また、transferを受けた期の消費も多くなるので、full insuranceの場合と比べてt期の消費水準も高くなる。


一方、perfect risk sharingのケースだと、
前期の消費水準は「今期の消費-前期の消費水準」にも所得にも影響を与えないはずであり、
informal contractのみの場合だと、
前期の消費水準は今期の所得には影響を与えないはずであるから、
今期の所得水準が前期の消費水準に影響を受けていれば、formal contractとinformal contractがともに存在していることが示唆される


これが主なTheoretical implicationで、一応モデルから導かれるパラメータのRistrictionも検証してはいるが、
とにかく、今期の所得と「今期の消費-前期の消費水準」が、前期の消費水準に依存しているか、が、
実証部分のメインの関心。


Formal contractの選択を含んだ異時点間の意思決定問題を解いて、
関数形やショックパラメータにいろいろな仮定をおいて
所得関数と消費関数を導き出した上で、
それを2期前の消費を1期前の消費のIVに使った2SLS(measurement errorを考慮するため)を行っている。


で、結果としては、モデルの想定どおり、
今期の所得も、「今期の消費-前期の消費水準」も、前期の消費水準に依存している。


論文の骨子としては以上で、かなり手の込んだ力作で、
テクニカルにもかなりごつい論文でモデルのすべてを追っていけたわけではないのだが、
いくつか疑問の残る部分もある。


1.
理論面で、
formal contractとinformal contractが両方ある場合にのみ、今期の所得が前期の消費水準に依存する、
という結果が出るのは、formal contractで行われるTransferは「所得」として定義され、
informal contractで行うmutual insuranceは単に「消費のallocation」の問題として表れ、そこで行われるtransferは「所得」としては計上されないものになっている、というからくりがある。
もし、informal contractでのtransferも所得として計算されるのであれば、助けてもらったら助け返すという均衡もあるので、informal contractのみでも、今期の所得が前期の消費に依存するという結果は出てくる。


2.
1と関連して、現実のデータでは、informal transferの部分も「所得」に入っているかもしれない。
論文では、off-farm agricultural taskからの収入はinformal contractかもしれないので所得の計算から外しているが、
nonagrcultural incomeやwage incomeなどは所得に含まれていており、
informal contractとして、今期助けてあげるから来期はお前のところでちょっと働かせろ、みたいなこともありうるので、
結局、実証分析で示された「今期の所得が前期の消費に依存している」という結果が、
Formal contractとinformal contractが両方存在していることの証拠にはなりえていないように思える。


3.
「今期の所得が前期の消費に依存している」という結果が、
informal contractの効果でなく、別の効果をcaptureしている可能性がある。
特に、Household fixed effectがコントロールされていないのは問題。
2SLSを使って前期の消費の内生性をコントロールしようとはしているものの、
IVに使っているのが2期前の消費水準であり、家計の稼得能力と相関した変数であるため、IVとしては不適切。
Income equationのFisrt differenceをとって推計したら、"we lost all significance"とあるし、
「今期の所得が前期の消費に依存している」という結果が、単に、
稼得能力のある家計は所得水準も消費水準も同時期の村の平均に比べて高く、
前期の消費が大きい家計は能力のある家計なので当然今期の所得も大きい、
という効果をcaptureしただけのもの、
という疑念はぬぐえないように思える。



まあ、いろいろと仮定が強いのは否めないし、実証面で問題があるのも確かだが、
ここまで手をかけた力作を書けるのはやはり立派。
ただ、特にDynamicな意思決定が入っている場合には、ここまでいろんな仮定をおかないと、理論に基づいた実証をするのは無理なのか、
という思いも・・・