Adams, Einav, and Levin (AER, 2009)

恒例のReading Groupで、

William Adams, Liran Einav, and Jonathan Levin (2009),
“Liquidity Constraints and Imperfect Information in Subprime Lending,” AER 99(1), March.

を報告。


中古車市場のSubprime lendingに関する実証研究で、
メインの結論は、
1.購入するかどうかの意思決定には、自動車の価格よりも頭金支払い額の方が約10倍のインパクトがあり、もしLiquidity constraintがないとすれば、この意思決定をRationalizeするようなAnnual discount rateは、427%(!!!)にもなる。
2.Adverse selectionとMoral hazardの影響を分離すると、Moral hazardの影響の方が重要だが、Adverse selectionも重要。Risk-based pricingによって、Adverse selectionの影響が緩和されている。


1の部分は、Discount rateを計算する際に、Liquidity constraintを考慮することが重要だということを示している好例。
実験経済学の論文で、
よく、
「今X円もらうのと、1年後にY円もらうのと、どちらを選ぶか」
という質問から、[(Y-X)/X]*100でDiscount rateを導き出すのが一般的に用いられているが、
この論文にあるように、Liquidity constraintにある家計は、今お金が必要なのでXが少なくても現在もらいたがるかもしれず、
Discount rateを過大に評価してしまっている可能性がある。
また、実際には、[(Y-X)/X]*100でDiscount rateが導き出されるためには、線形の(つまりリスク中立な)効用関数を仮定しないといけないのだが、ほとんどの実験経済学の論文で、それは無視されてしまっている。
きちんとリスクパラメータも計測してDiscount rateを導出しないといけない、というのは、
去年の夏のEconometrica論文で、ようやく言われるようになったばかり。
Andersen, Steffen; Harrison, Glenn W.; Lau, Morten I.; and Rutstrom, E. Elisabet (2008),
“Eliciting Risk and Time Preferences,” Econometrica, Volume 76 Issue 3, Pages 583 - 618
Discount rateを正確に測る、というのは、実際のところは、かなり難しい。
リスクパラメータに関しては計測すれば済む話だが、
Liquidity constraintがある家計の、Liquidity constraintがなかった場合のDiscount rateを引き出すのは、
かなり困難。


2については、
この論文の素晴らしいところは、
Randomized experimentにもよらず、
構造推定にもよらず、
Adverse selectionとMoral hazardの影響を分離している、ということ。

この中古車ローン市場においては、
Adverse selectionは、Default riskの高い人ほど頭金支払い額を少なくしてローンの額を大きくするので、ローンの額が大きい人ほどDefault riskが高くなる、という形で作用し、
Moral hazardは、ローンの額が大きいほどStrategic defaultの誘因が強くなって債務不履行に陥りやすくなる、という形で作用する。
といっても、この論文では、ローンの額→デフォルトの確率、という因果関係をすべてMoral hazardと呼んでいるので、単に支払い負担が大きくて払えなくなったというRepayment burdenも"Moral hazard"と呼んでいるものの中には含まれているのだが。。。


まあ、で、どのようにAdverse selectionとMoral hazardの影響を分離するかという肝心の話。

人々が車を買う際には、
ある価格の車を買うことを決めて、
そのうちいくら頭金で支払うかを決めて、
残りの部分がローンで支払われることになる。
Adverse selectionによれば、Default riskの高い人ほど頭金を少なくしてローンの額を増やす。
なので、頭金の額をObservableな変数に回帰した残差Eには、Default riskに関するUnobservableな情報が含まれている。
Defaultするかどうかを、ローンの額と、他のObservableな変数と、上で求めた残差Eに回帰すれば、
Adverse selectionの影響は、残差EによってCaptureされるので、ローンの額の係数は、Moral hazardだけの影響を示していることになる。
一方、残差Eをコントロールしない場合のローンの額の係数は、Moral hazardとAdverse selectionの両方の影響をCaptureしているので、
この係数の値から、残差Eを入れてMoral hazardの効果だけを取り出した場合の係数の値を引けば、残りがAdverse selectionの影響として出てくることになる。
頭金をGivenとすれば、ローンの額は、車の価格の大小によって決まってくるので、
Identifying assumptionは、
Observableな変数と、頭金決定に関するUnobesableな情報をコントロールした上では、
車の価格はDefault riskに対して外生だということだが、
これは問題なさそうなのでOK。


ローンの額というものが、
頭金の額と、車の価格の二つに依存して決まっており、
頭金の額の決定がAdverse selectionの部分をCaptureしてくれるので、
残りの価格の変動の部分を利用してMoral hazardの効果だけを計測できる、
ということがキーになっている。


意思決定のプロセスの特性からAdverse selectionとmoral hazardを分離してしまう、
という、非常にCleverな論文で、
単にRandomizeして結果を比べてみました、的な何のひねりも工夫もない論文とは、一味もふた味も違う。
Liran Einavは、お気に入り研究者の一人です。