Microfinance Innovation and Impact Conference: その2

<マイクロ保険>
James Vickery (Federal Reserve Bank of New York)
インドでの天候保険に関する分析。天候保険の加入率が低い要因として、
・価格(価格弾力性は-0.66~-0.88程度。インドの保険は、アメリカの保険と比べると、期待支払額に対する保険料の割合が高く、保険が割高だが、仮に保険料/期待支払額の割合をアメリカ並みにした場合、加入率は70%〜100%上昇する)
・信用制約
・保険に対する理解不足
・保険に対する信用不足
など。また、保険をランダムに配布して保険のインパクトを計測し、
・総投資額には変化なし
・ただし、より利潤率が高いがリスキーな作物(換金作物)への投資割合が増大
という結果を得ている。

Christopher Udry (Yale University)
介入として、①無料天候保険、②資本補助、③①と②の両方を実施。結果は、
・③:肥料支出50%増加、労働雇用5パーセンテージポイント増加、耕作面積増大、生産量増大、食事を抜く確率8パーセンテージポイント減少
・①:耕作面積増大、生産量増大
・②:特に影響なし。
また、価格弾力性が高く、保険料が少額であれば多くの家計が購入する。保険需要は身近な人々の情報にも依存していて、保険金支払いを受けたネットワーク内の知人が多いと保険購入確率は上昇する一方、保険金支払いを受けなかったネットワーク内の知人の数は保険購入確率には影響しない。


<極貧層向けプログラム>
Jeremy Shapiro (Yale University)
極貧層を対象としたGraduation modelでは、Direct asset transfer、Cash support(一定期間の間、毎週現金を支給)、Livelihood training(ビジネス、健康、社会関連のトピック)、Mandatory weekly savingsをセットにして極貧層の生活水準向上を目指す。インドで行ったRCTの結果、
・食料消費が15%上昇
・非食料消費は変化なし
・Food securityは改善
・健康に関する知識も改善
・Emotional stress低下、Life satisfaction上昇。ただし、Physical healthに関しては変化なし
・Credit需要に対しては変化なし
・Formal savingsは上昇したが、貯蓄総額は変化なし(Mandatory savingsを行っているのでFormal savingsが増えるのは自明。したがって、単に貯蓄の構成を変化させただけ)
・他の家計に食事をあげる確率が増加する一方、他の家計から食事をもらう確率は減少
・家畜保有上昇(Direct asset transferの大部分が家畜なので自明)。他の資産については変化なし
・新規事業開始確率にも変化なし
・成人の労働時間上昇
・非農業収入は増加。農業収入は変化なし。
・食料消費の増加は、特に、非農業ビジネスを持っている家計において強い。

Jonathan Bauchet (NYU Wagner)
上と同様のGraduation modelのRCT。結果として、
・農業労働収入低下、家畜収入上昇、総収入変化なし
保有資産変化なし
・政府のHousing program、BPL rationへの参加は低下したが、Public laborへの参加は変化なし
・借入額低下
・貯蓄をしている家計の割合上昇、ただし総貯蓄には変化なし
・金貸しからの借り入れ確率低下、ただし組合からの借り入れ増加
・子供の就学には影響なし


<小規模起業家と資本>
Jonathan Robinson (UCSC)
西ケニアでの貯蓄口座開設のRCT。Uptakeに関して性差はなし。Uptakeに影響を与えたのは、ROSCAへの参加と家畜保有額。
・貯蓄額上昇(ただし男性のタクシードライバーには効果なし)
・家畜という形態での貯蓄も上昇
・男性のタクシードライバーは、貯蓄口座への貯蓄を増やした分、家畜貯蓄やROSCAを減らしているので、貯蓄総額には変化なし
・女性は投資を増やしたが、男性は投資を増やしていない
・労働時間には影響なし
・総支出は、女性は上昇したが、男性は変化なし
・支出の上昇分から計算される資本収益率はかなり高い
・Control groupでは、マラリヤなどの健康ショックを受けると支出額は減少したが、Treatment groupでは健康ショックがあっても支出額は変化せず、リスクへのぜい弱性が減少
・Present-biasがある女性はUptake率が低いので、Self-controlが貯蓄制約の原因なわけではない。
・既婚女性がUptake率が高いわけでもないので、家にお金があると夫が使ってしまうというIntra-householdの話があてはまるわけでもない。とすると、家にお金があると、隣人や親せきがお金を貸してほしいと言ったりするというInter-householdの話が貯蓄制約の原因か?

David McKenzie (World Bank)
$120のグラントをランダムに小規模起業家に与えた実験。半分は現金、半分は実物(中間財や投資財)。
・実物グラントは利潤に対して大きなインパク
・現金グラントは女性起業家の利潤にはインパクトがなく、男性起業家への効果もMixed results
・実物グラントの女性起業家への影響は、主に当初の利潤が高かった起業家のみに表れており、当初の利潤が低かった女性起業家は、Capital stockもほとんど増えていない。
・現金グラントと実物グラントの効果が違いうる原因としては、Self-controlやExternal pressure to shareが考えられる。現金グラントは、Self-controlのある起業家や定期的に貯蓄している起業家に対してより高いインパクトを与えており、Self-control仮説が支持される一方、External pressure仮説はデータから支持されない。
・実験からは、都市の男性起業家の資本収益率が高かった。この層は従来のマイクロクレジットであまり対象とされてこなかった層であり、Under-served。一方、小規模グラントはSubsistence female-owned businessを成長させるには十分ではなく、実物グラントは、トップレベルの女性起業家には効果があったものの、貧しい女性起業家には効果がなかった。


Abhijit Banerjee (MIT)
これまでの研究で、資本の収益率は高い一方、マイクロクレジットのUptakeは低く(一方で金貸しからは借りている)、マイクロクレジットによる事業の発展は 限定的だということが明らかになってきている。資本の収益率が高いのにマイクロクレジットの効果が限定的なのはパズル。このパズルを説明しうるものとして、以下の3つが考えられる。
マイクロクレジットの問題:融資はRisk-takingな投資をするようにデザインされていない。返済は融資開始後すぐに始まるし、返済時期も柔軟でない。デフォルトに対しても厳しい。このことは、人々がマイクロクレジットを受け取った時と、グラントを受け取った時の行動が全く異なることによっても裏付けられる。
② Missing middle:技術にはいろいろなタイプがあるが、マイクロクレジットの顧客が用いている技術は、資本の限界生産性が、資本が低い段階では非常に高いが、資本がある程度多くなると急激に低下して限界生産性がゼロに近くなってしまうような技術ではないか。これは、計測された資本の収益率が高いのに事業が成長しないのと整合的。資本水準が大きくなっても限界生産性が高いような技術は多額の固定資本投資を必要とするが、多額の固定資本を必要とせず、ある程度高い資本水準でも限界生産性がゼロに近くならない技術が存在していないのだとすれば、少額融資ではなく、ある程度の額の融資が事業成長のために必要となる。
③ Reluctant entrepreneur:マイクロクレジットの効果は男性の方が強く、女性に対してはあまり効果が見られないが、女性はビジネスの発展、利益の上昇を優先事項としていないのではないか。


<融資デザイン>
Erica Field (Harvard University)
支払い開始時期を2カ月遅らせるというRCT。
債務不履行率上昇
・事業投資上昇
・新規事業開始確率2倍
・教育、保健支出には影響なし
・2年後の効果として、利益額上昇、利益額の分散も上昇。在庫や資産も上昇。家計所得も上昇。
支払い開始時期を遅らせることでよりRisk-takingな投資ができるようになった模様。

Greg Fischer (London School of Economics)
2種類のトレーニングを提供。
① 従来の会計トレーニン
② Rule-of-thumb方式(Simple decision rule)
結果は、
・事業利益:①は変化なし、②は上昇
・Bad weekの利益:①は変化なし、②は上昇
・Business practice:①は変化なし、②は上昇
・Business outcomes:①は変化なし、②は上昇
・Personal outcomes:①は変化なし、②は上昇
・Personal financial practices:①は変化なし、②は上昇
・間違い:①は変化なし、②は低下
ということで、簡単に「この場合にはこうしろ」というRule-of-thumb方式のトレーニングが有効。



<情報と信用市場>
Xavier Gine (World Bank)
融資時に指紋をとって、債務不履行したら借りられなくなるというDynamic incentiveを徹底させたRCT。指紋採取の導入は、
・融資採択確率、融資Uptake率には影響なし
・Worst clientの融資額を減少
・Worst clientの返済確率を上昇、Better clientの返済確率には影響なし
などの効果があり、Worst clientに対してモラルハザード、戦略的債務不履行を抑える効果があった。


<心理学と貯蓄>
Margaret McConnell (Harvard University)
・コミットメント貯蓄でのReminder→貯蓄バランス上昇
・貯蓄口座のラベル付け(教育貯蓄、ビジネス貯蓄など)→貯蓄上昇(特に教育貯蓄で大きな効果)。Mental accounting仮説を支持。
・コミットメント貯蓄口座開設前の情報提供は、Uptake率を低下(特にLess optimisticな場合)。一方、口座開設後の情報提供はDeposit額を上昇

Dean Yang (University of Michigan)
・①貯蓄口座開設サポート、②コミットメント貯蓄、の二つのRCT。
・Deposit額:①上昇、②もっと上昇
・引き出し:①上昇、②もっと上昇
・Net Deposit:①変化なし、②上昇
・農業投資:①変化なし、②上昇
・家畜販売額:①変化なし、②上昇
・食料支出:①変化なし、②上昇
・総支出:①変化なし、②上昇
・Planting seasonの引き出し額:①上昇、②もっと上昇 (②の方が消費を平準化)
・②の効果は、Baseline時点でTransactionの多かった家計ほど強い一方、Hyperbolic discountingとは無関係
・②により、他家計へのTransfer減少
・②の効果は、他の村人が口座残高の情報を知れるというReveal balance treatmentを導入すると消失
・貯蓄制約として、Self-control、Social networkの二つが候補としてあるが、この実験からは、Social network仮説が支持された。


貯蓄制約の要因が、どうもSocial networkにあるんじゃないか、
というのは、今回のカンファレンスで興味深かったことの一つ。
Rosenzweigも、インドのカーストネットワークが都市移住を妨げている、という研究をしていたし、
Social networkの負の側面も次第に明らかになってきたように思う。

単に保険的な役割のSocial networkだったらモラルハザード的なモデルが成り立ちそうだけど、
Risk-takingな投資を促進するSocial networkの在り方があってもよさそうな気もする。
Pro-growth social network or anti-growth social network?という理論研究はほとんどされていないように思えるし、
一つの有望な研究トピックだと思う。
というか、誰か興味がある人がいたら共同研究したい。
一人だとくじけそうなので。
興味がある人がいたらぜひ連絡ください。