PACDEV 2011

3月12日にBerkeleyで開かれたPACDEVに参加して、
ベトナムのデータを使った共同研究を報告。
自分の研究の話はドラフトが完成したら書くとして、
いくつか興味深かった研究報告のメモ:


“Does Africa Need a Rotten Kin Theorem? Experimental Evidence from Village Economies,” Pamela Jakiela, Washington University in St. Louis
 アフリカでは、収益を分け合うインフォーマルな相互扶助の制度があるが、時としてそれが強すぎて投資して収益を上げてもその収益がほとんど自分に帰属しなくなってしまうので、投資意欲が阻害されてしまう可能性がある。そこで、実際にこのような相互扶助制度がコストとして作用しているのかを見るために、ケニアの農村でラボ実験を行い、被験者に、コストを払えば投資の結果を隠せるという設定を導入した場合に、被験者が実際にコストを払って投資の結果を隠すかどうかを検証した。すると、女性の場合、同一セッションに友人や知り合いがいる人ほど投資の結果を隠すという結果が得られ、相互扶助制度があることによって、収益が高いが他の人からも収益が観察されやすい投資よりも、収益は低いが他の人から収益が観察されにくい投資を選んでおり、それが所得向上の阻害要因になっている可能性があることが示唆された。
 この結果自体は非常に興味深いが、相互扶助制度が所得向上の阻害要因になって厚生上昇の阻害要因にもなっているなら、投資を促進するような制度が内生的に発展してもよさそうなものである。彼らが直面している通常の経済状況では現行の相互扶助システムが効率的であり、この実験結果は無理やり外部から所得を隠すインセンティブがある状況を持ち込んだために作りだされた可能性もあり、このあたりの現実への適用性が、フィールドラボ実験の一つの限界かと感じた。
 

“Can Minimum Wages Spur Economic Development? Evidence from Indonesia,” Jeremy Magruder, UC Berkeley
 通常、最低賃金の上昇は雇用の抑制につながると想定される。州ごとに労働法制などが異なるアメリカのデータを用いて最低賃金は失業率の上昇をもたらさなかったというCardらの研究もあるが、この論文は、一般均衡効果・外部性に着目している。ローカルで活動する企業にとって、ローカル市場の購買力は収益の重要な決定要因である。そして、自社が賃金を上げれば、自社社員の購買力が高まって他社の収益を上げるという外部性が存在している。固定費用+収穫一定の近代部門と収穫逓減のインフォーマル部門というMurphy-Shleifer-Vishny型のモデルを想定すれば、この経済には、低需要・低賃金のインフォーマル経済と、高需要・高賃金のフォーマル経済という複数均衡が存在することになる。賃金には外部性が存在するため個々の企業にとっては自分だけ賃金を上げるインセンティブはないが、最低賃金を高めれば、高需要・高賃金のフォーマル経済に移行できる可能性(その可能性は様々なパラメータに依存するものの)がある。もしこのストーリーが成り立っているとすれば、最低賃金の上昇がフォーマル部門の雇用上昇とインフォーマル部門の雇用減少をもたらすはずなので、このようなパターンが観察されるかどうかをインドネシアのデータを用いて検証している。なお、この予測はモデル上、固定費用+収穫一定という想定が成り立つ工業部門で、かつ操業地域の需要が重要になる非貿易財に関してのみ成り立ちうることに注意が必要である。この条件が成り立たない部門においては、最低賃金の上昇はフォーマル部門の雇用を減少させると考えられる。
 実際にインドネシアのデータを用いて、地域ごとの経済状況の違いなどを取り除くためにspatial fixed effectの手法によって推計したところ、上述のストーリー通り、固定費用+収穫一定という想定が成り立ちそうな工業部門で、最低賃金の上昇により正社員雇用数が増加したという結果が得られた。産業によっては、最低賃金上昇が地域の購買力を高めて製品需要を増やし雇用増大につながりうる、という可能性を示した、結構よくデザインされた実証論文だった。