震災復興とマイクロファイナンス

行動経済学会員による政策提言のページに、
「復興にマイクロファイナンスを活用せよ」
というショートペーパーが掲載されている。

http://www.iser.osaka-u.ac.jp/abef/shinsai_teigen/hanazaki20110506.pdf

貧困層向け小口金融としてスタートしたマイクロファイナンスは,いわば日本には存在しない全く新しいタイプの金融のメカニズムである.
マイクロファイナンスの先駆けともいえるグラミン銀行の活動から,その特徴を一般的な銀行と対比させると次の通りとなる.
1)一般的な銀行は,ローンを提供するに際して借り手の実績や資産を重視する.一方グラミン銀行は,借り手の潜在力に着目する.貧民を含めて人間は,無限の潜在力を持っているという信念がその背景にある.
2)一般的な銀行は担保金融を基本とするが,グラミン銀行は担保を徴求しない.
3)一般的な銀行は,市街の中心部に店舗を構えるが,グラミン銀行は農村地域に立地する.
4)一般的な銀行は,借り手の返済が滞ると,デフォルトとして担保権の実行などの懲罰的な処理をするが,グラミン銀行はそのような場合には借り手を支援し単に返済スケジュールを変更するのみである.

マイクロファイナンスの主導者たちは,貧しい人々に,小さいながらも事業に取り組む機会を与えることによって,その潜在的な能力を開花できると確信していた.さらに,個々のマイクロファイナンスの積み重ねが,顧客の将来基盤を確立し,ひいては共同体のサステナビリティを高めると考えた.
マイクロファイナンスは,金融ビジネスの分野において,革命あるいはパラダイムシフトをもたらしている.それは,先進国における標準的な銀行モデルから派生したものではなく,低所得国における実験的な試みから,発展したものである.
今次の大震災からの復興プロセスにおいては,被災者や避難者から,事業資金,住宅ローン,教育ローンなど多様な資金ニーズが出されるであろう.その際に重要なのは,被災者の潜在的な能力や復興に向けての強い意欲や情熱を最大限に生かすという視点であり,その意味でマイクロファイナンスの理念に基づく資金提供チャネルが導入されるべきであると考える.


マイクロファイナンスの理念」ばかりが語られていて、
高い返済率を可能にしているメカニズムなどが無視されているのは気になる。
通常のマイクロクレジットは、毎週・隔週・毎月などの高い返済頻度であり、
返済開始も借入れ直後か遅くても2ヶ月後には始まる。
また、返済すれば、段階的に多額の資金が借りられるようになるダイナミック・インセンティブも、
マイクロクレジットの一つの特徴である。
しかし、今回の被災地の状況で、
多頻度の返済、返済の早期開始、ダイナミック・インセンティブの付与が実行可能であるかどうかは、疑わしい。

グループ貸付もマイクロクレジットの一つの特徴であるが、
返済率が低くなりうる状況では、他の人が返済しなければ、自分も責任を負わされるので、自分の分の返済もしない、
という問題が起きる可能性もあるし、
上の議論でも想定されているようには思えない。
そもそも、想定される資金額は「マイクロ」よりももっと大きいように思えるので、
メソファイナンスに近いように思う。



そうなると、一体、マイクロファイナンスの何を導入せよ、と主張しているのか、よく分からなくなってくる。
マイクロファイナンスの主導者たちは,貧しい人々に,小さいながらも事業に取り組む機会を与えることによって,その潜在的な能力を開花できると確信していた.さらに,個々のマイクロファイナンスの積み重ねが,顧客の将来基盤を確立し,ひいては共同体のサステナビリティを高めると考えた.」
というくだりも、
単に「マイクロファイナンスの主導者たち」がそう確信していただけで、
実際にそれをサポートするエビデンスがあるわけでもない。


「被災者や避難者から,事業資金,住宅ローン,教育ローンなど多様な資金ニーズが出されるであろう.その際に重要なのは,被災者の潜在的な能力や復興に向けての強い意欲や情熱を最大限に生かすという視点であり,その意味でマイクロファイナンスの理念に基づく資金提供チャネルが導入されるべきであると考える.」
という部分も、
その理念に基づく資金提供チャネルがうまく機能しそうだという論拠も科学的エビデンスもまったく示されておらず、
他に使い道がありうる限りある資金・資源を、本当にこの通りに使って良いのかも、
どうしたら成功確率を高められるのかも、
どうしたら日本でマイクロファイナンスが行われやすくなるのかも、
まったく議論されていない。


これでは、新聞の社説レベルではないか。


が、あえてそういう話は置いておいて、
おそらく、筆者が言いたいのは、
やはり「理念」の話なのだろう。


途上国のマイクロファイナンスビジネスの多くは、
社会起業家」が担っている。
そうした、社会の潜在能力の発揮に焦点を当てた「社会起業」が活用されるべきだ、
と言いたいのだと思う。


しかし、それでも、では、いかにすれば「社会起業家」が活用されやすくなるのか、
という議論・研究は、なされなければならない。
そうした「社会起業」について、これから研究してみたい。


また、あえてマイクロクレジットに話を戻せば、
Twitterでも前に発信したことがあるが、
http://twitter.com/#!/hisakijapan/status/58000622393368576
kiva.orgのような、
借り手と貸し手を直接結びつけるものが可能性があると思う。
貸し手が応援メッセージとともに融資し、
借り手は状況を報告などしたりして、
借り手のページが一種のFacebookみたいになって、
貸し手と借り手の継続的なつながりが作れれば、
モラルハザードや戦略的不履行を抑制することも期待できるし、
貸し手も借り手もきっとやりがいを感じると思うし、
貸し手には多様な人が存在しうるから、そのネットワークで
借り手に有益な情報もいろいろ流れていくかもしれない。


追記:
http://twitter.com/#!/arimotoy/status/68319791752019968
@arimotoy 「クロ現:http://bit.ly/lPG3SQ 震災の被害に遭った企業が金策に駆け回る.映像を観ると支援したくなる.ストーリーで結びつけるP2Pのソーシャル・ファイナンスの手法は,確かにマッチングの手段としては有効かもしれない.」

確かに映像は効果的かもしれない。
ただ、印象に残る映像を作るのは簡単ではなく、それらを一人一人に作るのは大変だから、
作るとすれば、グループでの映像がいいと思う。
一グループの規模をどの程度にするかは、コストとの兼ね合いによるだろうけれど。