NEUDC 2011

Yaleで行われたNEUDCを見に行ってきたので、
備忘録代わりのポスト。


What Does Debt Relief Do for Development? Evidence from a Large-Scale Policy Experiment
今年Harvardから世銀に就職したMartin Kanzの報告。
国や家計が債務を多く抱えると、一生懸命収入を増やしても結局債務返済で取られてしまうので努力するインセンティブが削がれるというDebt overhangの理論から
債務免除に対して肯定的な見方がある一方、
債務免除を行うと、
将来また債務免除が行われるという期待を形成させて返済規律が弱まったり、
債務免除後は金融機関などからの信用が得られなくなってお金を借りにくくなったりする(ex post financial exclusion)ので
債務免除は好ましくない、という見方もある。
この論文は、2008年のインドでの農家向け債務の免除を自然実験として、債務免除のインパクトを検証している。
この政策では、土地保有が2ha未満の家計に対しては債務が100%免除になるのに対し、2ha以上の家計に対しては債務が25%しか免除にならないというDiscontinuityに着目し、
Regression Discontinuity Designの手法を使って債務免除の効果をIdentifyしている。
その結果、
・債務総額には変化なし
・ただし金融機関(特にCooperative bank)からのフォーマルな借り入れから、親戚・友人からのインフォーマルな借り入れにシフト(Cooperative bankが課さなくなったという供給側の要因によるex post financial exclusionでなく、Cooperative bankから借りなくなったという需要側の要因)
・投資や生産性への影響はなし(むしろ符号としてはマイナスでDebt overhangの理論はサポートされない)
などが確認された。


Identificationの問題もしっかりケアされており、よい論文だと思う。
借入れ可能金額の制約のある家計の最適化行動モデルなどを作って、
債務免除を行っても債務総額には影響がなかった(つまり免除された分また借りている)、
などの実証結果と整合的な予測が得られそうなモデルを作ってみたりしたら、
家計の行動がどんな経済モデルと整合的なのか、
その経済モデルのもとでは、債務に関してどのような政策を行うべきなのか、
という点がよりクリアになってもっとよいと思う。



Strategic Default in Joint Liability Groups: Evidence from a Natural Experiment in India
世銀のXavier Gineの報告。
グループ貸付でStrategic defaultが発生しているかを見るために、
インドでムスリムマイクロクレジット金利が高いと声明を出してムスリムの返済率が低くなったことを自然実験として利用。
グループ貸付では、他のメンバーが返済しないと自分が返済してもその後の融資が受けられなくなるので、
他のメンバーが返済しない確率が高まると、返済資金がある借り手でもStrategic defaultを選択しやすくなる。
そして、ムスリムが多いグループほど同グループ内の他の借り手も債務不履行をする可能性が高まったことをデータから検証し、
グループ貸付で実際に上のような要因でのStrategic defaultが発生していることを示した論文。


ただ、グループ貸付で、他のメンバーが返さないから自分も返さないというStrategic defaultの実証としては、
黒崎さんのこちらの論文の方がクリアだと思う↓。
http://www.ier.hit-u.ac.jp/primced/documents/No10-dp_up_Pdf_2010.pdf

それと、グループ貸付だと確かに相手のデフォルトリスクが高まると自分もStrategic defaultを選びやすくなるが、
ショックが小さい場合には互いにリスクをシェアし合うような誘因があるので、
グループ貸付と個人貸付のどちらがいいか、を比べるには、
起こりうるショックの分布を想定して、シミュレーションなりしてどちらが返済率が高いかを比べないといけないと思う。


Impact Assessment of an Asset Transfer Program to the Ultra Poor
NYUのJonathan Morduchの発表。
インドのSKSの、資産移転(主に水牛)、トレーニング、貯蓄奨励などを含んだ極貧層向けプログラムをRCTで実証した論文。
結果としては、
・家計支出には影響なし
・家畜所得は増えたが、その分農業労働所得が減り、総所得には影響なし
・労働時間も、農業労働の時間が減り、家畜の世話の時間が増えた
と、極貧層向けプログラムが効果があったとは言えないような内容。
インドには雇用保障政策としてNational Rural Employment Guarantee Act(NREGA)というのがあって、
極貧層向けプログラムは、それ自体は家畜所得を増やして効果はあったが、
それがNREGAからのSubstitutionという形で起こったので、全体としての効果はなかった、というのが妥当な評価だろうとのこと。
ただ、所得全体が増えなかったのを見ると、
家畜からのリターンはそれほど大きくなく農業労働からの収入と大して変わらず、
しかしプログラム中は資産の保全義務があるので世話をしなければならず、その分農業労働に行く時間が取れなかった、
という可能性もあるように思う。
家計内の労働可能人数の違いで効果が違うかを検証すれば、この可能性も検証できるはず。
Discussantが、プログラムが終了したら参加者が水牛を売り払って借金返済に使っていた、というエピソードにも触れていたが、
そのエピソードを聞くに、そもそもプログラム自体が効果がないという可能性も大きそうだ。
バングラデシュでの別の研究でも効果がなかったし、Ultra Poor Programというのは、まだ見込みが薄い。


External Validity and Partner Selection Bias
MITからNYUに就職したHunt Allcottの報告。
RCTをやるけど、
でも研究者と共同でRCTを運営できるのは能力・意欲のある機関に限られるので、
RCT実施を承諾する機関は全体からのRandom sampleではなく、
RCTの結果を国全体に適用する際にはこのPartner Selection Biasを考慮しないといけない、
という話を、フォーマルに定式化したもの。
でもイントロが長すぎて肝心のモデルの話は飛ばされ、実証結果の部分は参加確率とインパクトは相関している、という話をするだけで終わってしまった。
ランチの時に隣に座ったので聞いてみたら、
以前インドでいくつかRCTをやって、相手機関がきちんとやってくれなくてお蔵入りになったプロジェクトやデータがいくつかあるとのこと。
確かに、Partner Selection Biasについて問題意識を持つようになるわけだ。。。


How Does Risk Management Influence Production Decisions? Evidence from a Field Experiment
ハーバードビジネススクールのShawn Coleの報告。
途上国ではリスキーな投資の期待収益率は高いのに実際には投資がなされていない、という観察をもとに、
農民に天候保険を与えてリスクをカバーしたら、よりリスキーな投資が増えるのでは、という仮説を検証した論文。
特にCash cropについてInputや耕作面積が上昇したという効果を確認。
ただ、Risk-reducingな投資であるはずの殺虫剤の投資も増えていたりして、
もうちょっとモデルの部分で、どんな投資が増えると予想されるのかについても分析していてほしかった。


Does Flexibility in Microfinance pay off? Evidence from a Randomized Evaluation in Rural India
ゲーテ大学のKristina Czuraが報告。
農業では収入は収穫期に集中しており、
従来のマイクロクレジットのような毎週返済のスキームだとIncome flowと返済スケジュールが一致しておらず、
そのせいで返済が困難になったり、収益は高いがSteadyなIncome flowがない投資が抑制されている可能性もあるので、
その不一致を解消するために、ローンの返済時期を柔軟化するスキームを導入した実験。
結果としては、
・総投資額には変化なし
・消費額は上昇
・消費平準化には影響なし
・外部からの借入上昇
債務不履行率上昇
と、返済スキームが柔軟になって無理に返済しなくてもよくなったお金を消費に回して、
でも返済する額は変わらないから返済のために外部から借り入れを増やしたり債務不履行したり、
あるいは返済スケジュールが柔軟になって返済負担がちょっと減ったから外部からの借り入れを増やしたり、
という、当初の想定とは異なった実証結果になっている。
結局、返済スケジュールの柔軟化は失敗に終わった、と取れなくもない結果で、
実施した機関とすればありがたくない結果だけれど、
事例としては非常に面白い事例だと思う。
自分がFlexibilityに関する理論論文を書いている、ということもあるけれど。


Sex and Credit: Is There a Gender Bias in Microfinance? Andreas Madestam, Bocconi University
この研究の文訳では、クレジットオフィサーに金利を含めた融資条件を決定する権限があるが、
その状況の下では、
クレジットオフィサーと借り手の性別が違うと、
(1)より高い金利が課される傾向にある
(2)再度融資を申し込む確率は低くなる
ということを示した論文。
特に(1)の傾向は、年配の借り手、若いクレジットオフィサー、競争の少ない地域、において顕著で、
再度融資を申し込んだらまた同じクレジットオフィサーに当たる可能性の高い規模の小さな支店で、(2)の傾向は顕著。


Experimental vs. Structural Estimates of the Return to Capital in Microenterprises
今年MITからYaleに就職したDaniel Kenistonの報告。
De MelたちのスリランカでのCapital Returnを計測する実験を使って、
Experimentを使った場合の推計値と、構造推定を使った場合の推計値とを比べている論文。
結果としては構造推定で計測してもExperimentの場合とそれほど違わない推計値が得られ(ただし、Standard errorが大きいせいもある)、
構造推定でもExperimentと似た推計値が得られるので、もっと構造推定もやっていきましょうという論文。



The Effect of Trade Liberalization on Child Mortality and Sex Ratios: Evidence from Rural Indiaコロンビアの院生のポスター報告。
貿易自由化による関税低下の影響が大きいセクターの雇用割合が大きい地域ほど、
幼児死亡率は増え、
一方で、「所得低下→中絶費用が捻出できない→女児を妊娠しても中絶しない」という経路で、新生児の男女比は均等化された、
という論文。
着眼点は面白い。
ただ、中絶アクセスという経路を示すために、
自由化以前の新生時の男女比を見て中絶へのアクセスが容易な地域と困難な地域のProxyとするなど、
もうちょっとこの部分の掘り下げが必要だと思う。


The Bargaining Power of Missing Women: Evidence from Indian Sanitation Policy
Yaniv Stopnitzky, Yale University
インドのMissing Womenの話はよく聞くけれど、
Missing Womenによって女性に比べて男性が多くなり、結婚市場で女性が優位になった可能性について検証。
インドで、結婚するときは夫にトイレを要求しましょう、というようなNGOの運動が行われた地域があり、
そのような運動が行われた地域で、かつ、結婚年齢の男女比が女性に有利な地域ほど、
トイレの設置が多くなっているので、
Missing Womenによる男女比のゆがみが女性に結婚市場での交渉力を与えた、ということを主張した論文。



また、パネルセッションでは、
Acemoglu, Banerjee, de Janvry, Deatonが
この60年の開発経済学の歩みと今後について報告。
Banerjeeが、個別の事例の研究を説明するために、この理論がどうやら現実を説明できる、とアドホックに理論を持ってくるんじゃなく、
いろいろな事例研究を総合してそれらを統一的に説明できるフレームワークの構築にもっと関心が注がれるべき、
と話していたり、
Acemogluが、
低開発やゆがんだ経済政策・制度の背後にはPolitical Conflictがあり、
Policy makerは現在の政策変更が将来の政治均衡に与える影響も考慮しながら政策を決めていて、
常に社会にとってベストな政策がとられるわけではないので、
そうした政治均衡の仕組みや影響を解明していくことが大切、
と話していたのが印象的だった。

ところで、一緒にConferenceに行った同僚と意見が一致したのは、
某同僚
http://www.ide.go.jp/English/Researchers/machikita_tomohiro_en.html
の彫りを深くして、顔をもう少し気難しくして、かつもう少し太らせたら、
Acemogluに結構似てるんじゃないか、
ということだった。。。
こっちが本物のAcemoglu↓
http://econ-www.mit.edu/faculty/acemoglu/index.htm


ちなみにこちらがAcemogluのそっくりさんに関するつぶやきのまとめサイト
http://togetter.com/li/214418